これだけ長くたくさんの家(しかもほとんどが設計事務所の作!)を見ていると、「これはOO設計事務所の作品ね」なんて大まかにつかめたりするワケです(取材したことのあるところ限定ですが)。見分けるポイントは?なんとなく伝わる建物の線だったり、使われている色の微妙なニュアンスだったり。いろいろです。 こういう話、同じように話せる人なんてこれまではほとんど皆無だったのですが、最近はなんと!一般の方たちの中にいらっしゃるんです。驚きです。昨年、そんな施主さんに3人もお会いしました。情報紙やテレビの取材で伺った住宅の施主さんたちです。 家を建てる前、ジョギングするのが日課だというご夫婦は新都心のアパートに住んでいて、インターネットで設計事務所探しをしていたところ、近所をジョギングしながら「この家いいよね」と目につく建物すべてが同じ設計事務所の作だったことに気づきます。それからどこへ行っても、その設計事務所の建物なら「わかる」ようになりました。 同じくインターネットで設計事務所探しをしていたAさん宅の奥さまのこと。週末の日課である家族ドライブでは、建物を見るのが恒例になり、「ここいいかも」と思った住宅には声をかけ、どこの設計かを尋ねていました。そうしているうちに「区別がつくようになった」のだとか。 そして別の施主さんは、HPを活用していろんな設計事務所の特徴を研究したという方。「どんな考えを持ち、こういう建物を作っている」ということをじっくり調べたあと、日課のウォーキングやドライブで行った先々で住宅を見て歩き、完成見学会にも一〇〇件くらい訪れたというツワモノで、批評をするほどになりました。 「わかるようになると見て歩くのが楽しくなって、今でも近所に新しい住宅が建つと見てしまうんです(笑)」。わかる、つい目が行くんですよね。
バリアフリーという言葉が珍しかったころ、住宅改造事例を取材していたときのことです。 福祉関連の仕事をするAさんが手がけた事例について話をうかがいました。 30代前半のBさん(男性)はお母さんと二人暮らし。病気で寝たきりになったBさんを介護するのは60代のお母さんでした。食事はもちろん、入浴や排泄もお母さんの手を借りなければできません。 大人の男性を介護する毎日で、お母さんにも疲労が増していたときAさんと出会いました。介護をしやすくするための住宅改造をしようと提案したAさん。しかし、Bさんが希望したのは自立への住宅改造でした。 Bさんが望んだこと。それは、まず自分で排泄ができるようになることです。寝たきりのBさんにとって、一番辛いのは母親に排泄の世話をしてもらうことでした。世話をしてもらうたびに母親に申し訳なく、生きることをあきらめたい気持ちになるとBさん。その話を聞いてAさんは、Bさんの身体状況を確かめ、どんな形であれば自分でトイレに行けるかを一緒に考えました。ベッドのすぐ近くにトイレがあれば、時間がかかっても頑張って這って行くと話すBさんの希望をかなえる形をつくることになりました。 母屋のそばにある、かつては子ども部屋として利用していた離れをBさんの部屋にし、同じ室内にトイレとシャワー室を設けることに。入り口は広く、部屋の床との段差をなくし、仕切りはアコーディオンカーテンで。這って入室しても使える高さに便器とシャワーが設置されました。 当初、這うこともやっとのBさんでしたが、自力での排泄が可能となったことで、だんだんと這う腕にも力が回復してきたそうです。お母さんの負担も軽減されました。 排泄が自分でできることは人の尊厳に関わること。それを可能にする手助けを住宅がしてくれたら、どんなに心強いことでしょう。小さな住宅改造がBさんの生きる力になってくれたのだそうです。
バリアフリーという言葉がまだ珍しいころのこと。 車いす生活を送るAさんは、私と出会う数年前、仕事中に大きな事故に遭いました。事故当初は意識が戻らず、生死の境をさまよっていたAさん。しばらくして意識は回復しましたが、手足を動かすことはできず顔の表情は戻らず、医者からは「よくてもこのまま寝たきり状態でしょう」とご家族は告げられていたそうです。 退院して戻ったわが家は新築したばかりの二階建て住宅。ご夫婦で過ごすはずの寝室ではなく、リビング隣にある和室にベッドが置かれ、そこがAさんの場所となり、奥さまと小さい息子さんの介護生活が始まりました。 ベッドで寝たきりになったAさん。食事や排泄の世話をしてくれる奥さまに「ありがとう」を伝えることもできず、ただただ涙を流す日々だったそうです。でもそう思うばかりの毎日ではいけないと自分に言い聞かせ、声を出すことと動かなくなった指先に意識を集中することをやってみることに。しばらくたって少しずつ声を出せるようになり、指が少しずつ動くようになっていきました。 回復へ自信を持ったAさんが次に思ったのは「自分の家なんだから、ほかの部屋にも行けるようになりたい」ということ。そして車いすに乗れるくらいにまで回復し、2階へは這って上がれるようになりました。 私がAさんのお宅を訪れたとき、言葉は聞き取れるくらいになっていて、自分で車いすを動かせるようになっていました。家の中には「わが家なんだから自分でできるようになりたい」という思いからいろんな工夫がありました。 現在のように情報収集が容易でなく、介護用品や設備もなかったころ、Aさんやご家族の努力は計り知れないものだったと思います。自身の回復には家族と家が大きな支えになったとAさん。ときに家はチカラをくれるものともなるのです。
新築したばかりの家はピカピカの新品。そこに住む家族からは、でき上がったばかりの家に「これからどう住もう?」というたくさんのワクワクとほんの少しの不安が感じ取れます。 それまでアパートだった家が、床面積は倍以上、単純な2LDKの間取りはスキップフロアになったり、L型配置の都市型テラスハウスになったりもしていたり。果たして電気代やガス代などのランニングコストはホントのトコロどのくらいかかる?掃除はできる?この照明のスイッチはどこだっけ?いろんな気持ちが入り混じる新築のころです。 引っ越してから一年も経過しないうちの取材に対して、もちろん「住み心地はいいですよ」というコメントをいただきますが、ワクワクが先行しているからなのでは?と思うこともしばしばです。 時間がたって、そのころの住宅を訪れることがあります。どの住宅でも「こんなふうになったんだ」と変化を感じ取ることができます。木々が生長していくように歳月を重ねたいい方向へ変化している住宅もあれば、もちろん反対の場合もあり。 「住み心地のいい家をつくって下さい」と頼まれれば、建築士のプロの皆さんはアイデアを提供してくれるでしょう。でもいくら住み心地のいい家をつくってもらったからといって、それを保ち続けるには、住む人の使いこなす住意識がなければいけません。 家をつくる作業は、日常のありふれた行為を見直して、自分たちを知ることから。そうするうちにありふれた行為に愛着を持ってしまうはず。そうして住み心地に敏感になり、それを少しずつ住まいの形にしていくことができるのだと思います。 歳月を重ねた住宅から感じる変化は、そこに住む家族のありふれた行為への愛着度。時を経た住宅の「住み心地はいいですよ」の言葉からは新築当時とは違う何かを感じます。
「家づくり」は一生の中でも大事業の一つです。家は完成して終わりなのではなく、そこから家の長い一生が開始されます。家は愛着をこめて手をかければ、だんだんと住まい手に馴染んだものになっていきます。だから「住まい」はいつまでたっても完成しません。それは住む人が育てていくものだからです。 日本の住まいはこれまで、経済効率ばかりにとらわれて生産者メリットを優先した新築競争にあけくれ、あるいは装飾過多のデザインに陥り、必要以上の設備導入に追われてきたといわれています。最近、それはちょっと違うのでは、といわれるようになりました。「簡素で、身の丈に合った普通の家がいい」と望む人たちです。しかし、これを実現するには簡単なようでいて、実はなかなか難しいことだと思います。 豊かに簡素であるためには、まず住まいと暮らしに関するいろいろな知恵や工夫を学ぶことが大切です。昔から伝わる気候風土に適した知恵、あるいは現代の先端技術などもよく知らなければなりません。ときには食や衣まで含めて考えることも必要です。また、わが家から排出するCO2の量を削減したり、ゴミを減らすことなども考えたいものです。 住まいはまちや風景をつくる最初の一つです。わが家を考えることが、きれいなまち、美しい風景、良い環境を育むことにもつながります。また、それは家族の対話が始まるきっかけにもなります。 住まいは、住む人の暮らしの姿であり、生き方の表現だと思います。そうした住まいと暮らしに関わるさまざまな知恵や工夫、そして住まいの本質を「知ること」を楽しめたら。住まいは、どんな形であれ、だれにでもあるものです。人にとって、なぜ住まいは必要なのでしょう。今年も見た目のキレイさやカッコよさだけにとらわれず、住まいの本質を探すきっかけづくりができたらと思います。